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バルカン半島ってどんな地域?激動の歴史から観光におすすめの世界遺産まで徹底紹介!

更新日:2023.04.05

投稿日:2022.10.04

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モンテネグロ バルカン半島

バルカン半島とは、ヨーロッパの南東部にあり地中海に突き出た半島のこと。古代から現代まで、さまざまな国が支配権を争ってきた地域でもあります。民族や宗教が混在し、それらが国境と一致しない混乱の時代も長く続きました。

中世にオスマン帝国の支配が続いた後、民族紛争が勃発するなどして第一次世界大戦のきっかけともなった場所で、「ヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれていました。現在では分離独立も進み、独自の魅力を持つ新たな観光スポットとしても注目されつつあります。

今回は、そんなバルカン半島の歴史からおすすめの観光スポットまで徹底紹介していきます。

バルカン半島とはどんな地域?

バルカン半島

ここではバルカン半島とはどんな地域なのか、簡単に解説していきます。

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バルカン半島の概要

バルカン半島は、ヨーロッパの南東部にあり地中海に突き出た半島。名前の由来はバルカン山脈からともいわれています。この地域を歴史的・政治的概念としてとらえる際には、イスタンブールやエディルネなど一部の都市がバルカン半島に位置するトルコはバルカン諸国には含まれないのが一般的です。

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14~20世紀にかけて、北はオーストリア帝国、南はオスマン帝国が支配していました。民族や宗教が入り交じり、それらと国境が一致しないことなどから民族紛争が繰り返された場所で「ヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれていました。しかしながら、戦乱の歴史を経たことで多層的な文化が育まれ、現在は魅力的な観光スポットとして注目が高まりつつあります。

バルカン半島の場所と気候

バルカン半島は、西はアドリア海やイオニア海、北東は黒海、南東はエーゲ海に面しています。地形は複雑で多くの山地が入り組んでいて、そこに小さな平野が点在しています。

バルカン半島の南部や沿岸部は、冬に雨が多く夏は乾燥する地中海性気候。内陸部は、高地の冬の寒さが厳しい大陸性気候となっています。高地には森林が広がり、一部で小麦やトウモロコシ栽培が行われています。一方で、クロアチアやギリシャ沿岸部では、夏の高温乾燥に強いオリーブやブドウを栽培する地中海式農業が行なわれています。

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バルカン半島の国

アルバニア

主にバルカン半島に国土を持つ国は以下の通りです。

  • スロベニア
  • クロアチア
  • セルビア
  • モンテネグロ
  • ボスニア・ヘルツェゴビナ
  • コソボ
  • モンテネグロ
  • 北マケドニア
  • アルバニア
  • ギリシャ

トルコはバルカン諸国とはいわれませんが、ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパサイドの領土がバルカン半島に位置しています。

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現在は新たな観光スポットとして注目されている

クロアチア

長らく紛争の地であったバルカン半島ですが、現在は状況も落ち着き、新たな観光地として訪れる人も増えてきています。民族や文化が混在する激動の歴史を経たことで、バルカン半島の国々には多様な文化が混在し、ここにしかない魅力がたくさんあります。

日本ではまだまだ知名度の低い地域ではありますが、世界遺産に認定されている遺跡など見どころも多く、今後、観光シーンでも注目度が高まっていくことが期待されています。

バルカン半島の歴史

バルカン半島

激動の歴史を知れば、バルカン半島をもっと深く知ることができます。ここでは、バルカン半島の歴史について解説していきます。

ローマ帝国の支配

バルカン半島は、古代においてはローマ帝国に征服され属州となっていました。ローマ帝国が東西分裂すると東ローマ帝国の支配下となります。

4世紀以降のゲルマン人の大移動では、東ゴートなどがこの地を通り西へ移動しましたが、定着したものはありませんでした。

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キリスト教世界のビザンツ文化圏が広がる

聖ヨヴァン・カネオ教会 マケドニア

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の時代には、バルカン半島にはビザンツ文化圏が構成されます。ビザンツ帝国でおもに信仰されていたギリシャ正教がバルカン半島でも浸透しますが、中枢に接する地域にはローマ教会の影響も及んでいたようです。

7世紀頃、南スラヴ人の南下が始まると、彼らはビザンツ帝国との関係を深めていきます。それによってセルビア王国などの国が生まれました。さらに、トルコ系民族がスラヴ人と同化したブルガリア人やルーマニア人も独自の力を持つようになっていきます。

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一方で、7世紀から小アジアにイスラム勢力が侵攻。13世紀にはモンゴル帝国のバトゥが侵入し、14世紀からはイスラム系のオスマン帝国の影響力が強まります。これによって、バルカン半島にもイスラム教が浸透し、キリスト教文化とイスラム文化が混在する複雑な環境を持つ地域になっていきます。

14世紀、オスマン帝国はダーダネルス海峡を渡ってバルカンに進出します。1354年には、ムラト1世がガリポリを抑え、1361年にはアドリアノーブルを占領します。アドリアノーブルはエディルネと改称され、1366年頃まで、オスマン帝国の都として栄えました。

1389年のコソボの戦いでセルビアやハンガリーがオスマン帝国に敗北。ブルガリア王国もオスマン帝国の侵攻により領土を失うなどしたため、キリスト教連合は反撃を試みます。しかしながら、1396年ニコポリスの戦いで、キリスト連合はオスマン帝国に敗戦。これによって、オスマン帝国はキリスト教世界に大きな脅威を与えることになります。1453年にはついにビザンツ帝国の都コンスタンティノープルが陥落。オスマン帝国によってビザンツ帝国は滅亡します。

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オスマン帝国による支配

プレヴェザの海戦

オスマン帝国は、1520年からのセリム1世の時代までに、セルビア、ボスニア、アルバニア、ギリシャのほぼ全土を征服。ワラキア・モルダヴィア、トランシルヴァニアも属国とし、バルカン半島を完全に支配します。

16世紀のスレイマン1世の時代には、オスマン帝国のバルカン支配は拡大し、1538年のプレヴェザの海戦では、オスマン帝国がスペイン・ローマ教皇の連合艦隊を破り地中海の制海権も獲得します。

しかし1571年のレパントの海戦ではオスマン帝国は敗北。1683年の第2次ウィーン包囲にも失敗し、バルカン半島の領土を失うなどしたオスマン帝国は、次第にバルカンから後退することとなります。

しかし、オスマン帝国の影響力が弱まると、ロシアがクリミア半島から進出。オスマン帝国の次はロシアがバルカン半島への介入を強めていくこととなります。

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東方問題が勃発。「ヨーロッパの火薬庫」に

バルカン半島

19世紀に入ると、フランス革命とナポレオンの影響でバルカン半島でも民族意識が高まり、各地で反オスマン蜂起が起こります。その流れから、ギリシャで独立戦争が勃発。そこにヨーロッパの列強が介入し対立を深めたことで、「東方問題」が起こります。

1830年にはセルビア人が自治権を獲得。1877年露土戦争後に締結したベルリン条約によりモンテネグロとともに独立が承認されます。

1908年には、オスマン帝国で青年トルコ革命が勃発。帝国内が混乱していることに乗じて、オーストリアがボスニア=ヘルツェゴビナを併合。ブルガリアも独立宣言を行います。

オスマン帝国領がオーストリアのパン=ゲルマン主義とロシアのパン=スラヴ主義により浸食されたことによって、両陣営が対立。バルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれる混乱状態に陥っていきます。

その後、ロシアの後押しを受けバルカン半島の国々によって結成されたバルカン同盟とオスマン帝国との戦いが起こります。結果、オスマン帝国はイスタンブール付近をのぞいたバルカン半島の領土を失うとともに、支配力も失っていくこととなります。

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第二次世界大戦後のバルカン半島

第二次世界大戦後、バルカン半島にはドイツやイタリアの枢軸国の支配が及びますが、ソ連の大きな影響力により解放されることとなります。そのような背景もあって、ギリシャをのぞいたバルカン半島の国々に社会主義政権が樹立されます。これらの国々はソ連の同盟国となり、東欧共産圏が確立されました。

東西冷戦時代に社会主義経済が停滞する中、1989年に東欧革命が起こり、バルカン半島の国々で民主化が一気に進んでいきます。2006年までにクロアチア、スロベニア、マケドニア、ボスニア=ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロが分離独立を果たしています。

バルカン半島の国々のおすすめ観光スポット

バルカン半島の国々にはそれぞれ個性的な文化があり、見どころもさまざま。ここでは、新たな観光スポットとして注目されつつある、バルカン半島の国々のおすすめ観光スポットをご紹介していきます。

モンテネグロ

モンテネグロ

モンテネグロは2006年にセルビア・モンテネグロから分離独立した国です。世界遺産にも認定されている、城砦港湾都市として栄えた「コトルの自然と文化歴史地域」や、自然豊かな「ドゥルミトル国立公園」、「中世墓碑ステチュツィの墓所群」、「16世紀から17世紀のヴェネチア防衛要塞」などが見どころです。

Montenegro – UNESCO World Heritage Convention

セルビア

セルビア

セルビアは、バルカン半島の中央にあり、9の国と国境を接する国です。旧ユーゴスラヴィアの首都でもあった首都のベオグラードは歴史ある美しい街。現在は復興が進んでいますが、今も戦跡などは残っていて、バルカン半島の激動の歴史を体感できるでしょう。

セルビア正教会としては最大級の修道院で、世界遺産にも認定されている「ストゥデニツァ修道院」もおすすめの観光スポットです。

Serbia – UNESCO World Heritage Convention

ボスニア・ヘルツェゴビナ

ボスニアヘルツェゴビナ

ボスニア・ヘルツェゴビナは、北部がボスニア地方、南部がヘルツェゴビナ地方と呼ばれます。紛争に翻弄され続けてきた場所でしたが、近年は紛争も終了し、観光客も増えています。

紛争で破壊され2004年にユネスコの協力により再建された街のシンボル的石橋「スタリ・モスト」があり、世界遺産にも登録されている「モスタル旧市街の古橋地区」や、オリエントな雰囲気をかもし出す首都のサラエボなどを訪れるのがおすすめです。

Bosnia and Herzegovina – UNESCO World Heritage Convention

北マケドニア

北マケドニア

北マケドニアは、旧ユーゴスラヴィアの最南端にある国です。マザーテレサが18歳まで暮らしていたという首都のスコピエや、アルバニアとの国境にあり世界遺産にも認定されている「オフリド地域の自然遺産及び文化遺産」などが、観光におすすめ。歴史と自然を楽しめます。

North Macedonia – UNESCO World Heritage Convention

アルバニア

アルバニア

アルバニアは鎖国政策をとっていたこともあり、バルカン半島の国々の中でも謎の多い国。首都のティラナは隊商ルートの要所として栄えた歴史があり、遺跡なども残っています。千の窓の街とも呼ばれるベラードでは、ベラード城が見学できます。

Albania – UNESCO World Heritage Convention

コソボ

コソボ プリズレン

コソボは、2008年に独立を宣言しました。紛争に翻弄された地域ですが、近年復興が進んでいます。中世セルビア王国の中心だったため、世界遺産にも登録されている4つの修道院を始め、歴史的建造物やフラスコ画を目にすることができます。

Medieval Monuments in Kosovo – UNESCO World Heritage Centre

コソボ南部の中心都市であるプリズレンは観光地としても有名で、オスマン帝国時代のモスクやハマム跡などが見学できます。

バルカン半島にあるトルコの街を訪れてみよう

トルコのイスタンブールのヨーロッパサイドより西側は、バルカン半島に位置しています。ここでは、バルカン半島にあるトルコの街を紹介いたします。

オスマン帝国の首都だった古都エディルネ

セリミエモスク トルコ エディルネ

エディルネはトルコ最西端の町で、バルカン半島に位置しています。1361年に、オスマン帝国スルタンのムラト1世がこの場所を征服。1365年に宮殿を築き、1453年までオスマン帝国の首都として栄えました。

最大の見どころは、世界遺産にも登録されているセリミエ・モスクです。オスマン帝国を代表する建築課ミマール・スィナンが建築した美しいモスクで、ほかにも当時を彷彿とさせる遺跡が多く残っているので、古都歩きが楽しめます。

セリミエ・モスク|トルコ・エディルネにあるオスマン建築最高傑作の世界遺産

イスタンブールの歴史地区

イスタンブール トルコ

世界遺産にも登録されている「イスタンブールの歴史地区」がある、イスタンブールのヨーロッパサイドもバルカン半島に位置しています。

世界遺産イスタンブール歴史地域の見どころ解説!おすすめ観光名所

オスマン帝国の首都として栄えたこの場所には、当時を今に伝える壮大な遺跡が多々あります。ぜひ訪れてみてください。

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オスマン帝国との歴史的つながりも深いバルカン半島を訪れてみよう

セリミエモスク トルコ 世界遺産

今回はバルカン半島について紹介してきました。バルカン半島は、さまざまな民族や宗教が混在する独特の地域。たくさんの紛争や戦争の歴史があり「ヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれていました。第1次世界大戦が勃発した地域でもありますが、近年では紛争も終了し平和が訪れ、観光シーンでも注目されつつあります。激動の歴史に思いをはせながら、バルカン半島を旅してみるの楽しいでしょう。

バルカン半島の歴史にはオスマン帝国の支配拡大の歴史も深く関わっています。オスマン帝国の古都であり、世界遺産のセリミエ・モスクがあるエディルネは、バルカン半島に位置するトルコの領土で、オスマン帝国のバルカン支配が力を増した場所。当時の遺跡もたくさんあるのでぜひ訪れてみてくださいね。

エディルネの歴史と観光の見どころ解説!世界遺産セリミエモスクは必見

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