トルコが誇る世界遺産

世界遺産「ハットゥシャシュ遺跡」紀元前に栄えたヒッタイトの首都

更新日:2023.04.05

投稿日:2022.09.16

Views: 1653

ハットゥシャシュ遺跡

世界遺産「ハットゥシャシュ遺跡」は、紀元前18世紀に築かれたヒッタイト王国の首都で、トルコのほぼ中央に位置しています。ヒッタイト王国はかつて強国として世界に名を馳せていましたが、詳細については未だ多くの謎に包まれています。

また、ハットゥシャシュの歴史は紀元前にまで遡りますが、実はこの遺跡が発見され発掘が始まったのは、20世紀初頭と割と最近!この記事ではそんなハットゥシャシュ遺跡の見どころや、ヒッタイト王国の繁栄から滅亡までの軌跡を解説します。

ハットゥシャシュ(Hattuşaş)とは?

ハットゥシャ トルコ アナトリア

ハットゥシャシュ(またはハットゥシャ)とは、紀元前18世紀頃に樹立したヒッタイト王国の首都があった場所です。ヒッタイトの王国は、古代民族のヒッタイト人によって築かれ、紀元前17世紀~紀元前13世紀に繁栄していましたが、紀元前12世紀頃には滅亡してしまいました。

しかし、ハットゥシャシュには現在も、その広大なエリアにヒッタイト王国の栄華を物語る遺跡の数々が広がっており、トルコ紀元前の歴史に触れられる貴重な場所となっています。1986年にはユネスコ世界遺産に登録され、特に歴史に興味のある人は訪れるべき、トルコの人気観光スポットとなっています。

「ヒッタイト帝国と首都ハットゥシャ」王国滅亡の理由と遺跡の見どころ

ハットゥシャシュはどこにある?

ハットゥシャシュはトルコの首都「アンカラ」から東に約145km行った「ボアズカレ(Boğaz Kale)」(旧ボアズキョイ)近郊の丘陵地帯にあります。

【ハットゥシャシュ遺跡|観光情報】

名称 ハットゥシャシュ遺跡(Hattuşa Örenyeri)
住所 Hisar, 19310 Boğazkale/Çorum, トルコ
開館時間 8時00分~19時00分(冬期は17時00分)
休館日 なし
入場料 10TL

ハットゥシャシュまでのアクセス

ハットゥシャシュ遺跡は「ボアズカレ村」にありますが、そのボアズカレへの交通の便は悪く、25kmほど離れた近郊の「スングルル(Sungurlu)村」からしかバスが出ていません。スングルルからボアズカレまでの所要時間は約30分程です。

アンカラやアマスヤ方面からの場合は直接スングルルまで行くことができ、所要時間は約3時間です。イスタンブールから行く場合は、アンカラを経由するのが便利です。

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カッパドキア方面からの場合はヨズガット経由でスングルルまで行くのが一般的。ボアズカレは個人が自力で行くのに少々難易度が高いので、ツアーなどで行くのがおすすめです。

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ハットゥシャシュの歴史

ハットゥシャシュ

ハットゥシャシュ王国は、アナトリアに文明を築いた強大な王国でしたが、紀元前12世紀頃には滅亡してしまいました。ここでは、ハットゥシャシュの誕生から繁栄、滅亡までの歴史を振り返ります。

最古の呼び名「ハッティの地」

今から4500年以上前の紀元前25世紀頃、この土地には「ハッティ人」といわれた人々が暮らしていました。そのため、ハットゥシャシュのあるアナトリア半島中央部を指す最古の呼び名は「ハッティの地」でした。

やがて、インド・ヨーロッパ語族の一派が移動してきて、ハッティ人を支配し、この辺りに住み着きました。彼らこそが、史上初めて鉄器を使用し、大帝国を築き上げた「ヒッタイト人」です。

紀元前2000年頃にアナトリアに移住してきたヒッタイト人は、紀元前18世紀頃に最初の統一国家となるヒッタイトの王国を樹立します。そして、王国の首都をボアズカレ村にあるハットゥシャシュに置きました。

優れた製鉄技術を武器に、ヒッタイト人はアナトリア半島から中東におよぶ大帝国を築いていくのです。ヒッタイト人は自分達の国を「ハットゥシャシュ王国」と呼んでいましたが、これは過去にこの地域に住んでいたハッティ人に由来しています。

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ヒッタイト王国の樹立

ヒッタイト帝国 ハットゥシャ

ヒッタイト王国の樹立後、一度はミタンニ王国の侵攻や内紛のために衰退するも、紀元前15世紀には再興します。紀元前1275年にはラムセス2世率いるエジプト軍と、シリアのカデシュで交戦するなど、ヒッタイトは強大な帝国を築いていきました。

また、かのエジプトの少年王ツタンカーメン(トゥトアンクアムン)の死後、夫を亡くした若い后がヒッタイト王シュッピリウマ1世に、王子のひとりを婿入りしてくれるようにお願いをした手紙が残っており、常にエジプトとは深い関係にあったことがわかっています。

シュッピリウマ1世は息子のザナンザをエジプトに送りましたが、エジプトへ向かう途中でエジプト側の陰謀に巻き込まれてしまい、ヒッタイト人がファラオになることはありませんでした。

ヒッタイトは優れた騎馬技術と鉄器の使用で大帝国を築きましたが、紀元前12世紀頃に侵入した謎の民族集団「海の民」によって滅ぼされたとされています。その後も一部のヒッタイト人は、ユーフラテス川上流で小国(新ヒッタイト)を築きましたが、紀元前717年に新アッシリアのサルゴン2世に古代都市カルカムシュを奪われ、ヒッタイトは完全に滅亡しました。

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ハットゥシャシュの発掘調査

ヒッタイト ハットゥシャ トルコ

ハットゥシャシュは1906年にドイツの考古学者フーゴー・ヴィンクラーによって発見されました。その後、発掘調査が行われ、現在見られる遺跡の数々が確認されました。

当時の発掘調査により、この地がヒッタイトの都ハットゥシャシュであったことが判明したきっかけは、1万枚にも及ぶ楔形文字の粘土板です。この粘土板には、ヒッタイト王国の歴史を物語る情報が多数掘られていました。

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粘土板の解読を進めるにつれ、1万枚もの粘土板の中には2,000kmも離れたエジプトのラムセス2世と、ヒッタイト王ハットゥシリシュ3世の間で交わされた「平和条約書簡」も発見されています。

発見した考古学者ヴィンクラーはこれ以前に、エジプトのカルナック神殿において、これと同じ内容を意味する条約文を読んでおり、この偶然により世界最古の平和条約の存在が確認されたのです。

ハットゥシャシュで発掘された出土品はハットゥシャシュ以外に、アンカラにある「アナトリア文明博物館」や、イスタンブールの「イスタンブール考古学博物館」で見ることができます。

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【アナトリア文明博物館|観光情報】

名称 アナトリア文明博物館(Anadolu Medeniyetleri Müzesi)
住所 Kale, Gözcü Sk. No:2, 06240 Ulus/Altındağ/Ankara, トルコ
開館時間 夏季:10~17時
冬季:8時30分~18時
休館日 月曜日
入場料 45TL

【イスタンブール考古学博物館|観光情報】

名称 イスタンブール考古学博物館(İstanbul Arkeoloji Müzeleri)
住所 Kale, Gözcü Sk. No:2, 06240 Ulus/Altındağ/Ankara, トルコ
開館時間 夏季:9時~17時30分
冬季:8時30分~17時
※砂糖祭り及び犠牲祭初日は13:00より開館
休館日 月曜日
入場料 50TL

ハットゥシャシュ遺跡の見どころ

紀元前18世紀頃、ヒッタイトの王はこの地形に目を付け、王城を築きました。始めに神殿と住居を、次に「ビュユックカレ」と呼ばれる全長6kmの大城壁を築き、都市の防衛の要としました。なお、ハットゥシャシュ遺跡は、上市、下市、ビュユックカレ、ヤズルカヤでできています。

ここでは現在も見ることのできる、ヒッタイトを物語る代表的な遺跡の数々を紹介します。

大神殿(Büyük Tapınağı)

ヒッタイト トルコ ハットゥシャ

ヒッタイト王国が存在していた頃、入口の右側には大神殿がありました。現在は土台しか見られませんが、建材には日干しレンガが使われ、長辺165m、短辺130mもの大きさがあったとされています。

大神殿は紀元前13世紀に造られたもので、ハットゥシャシュの最高神である嵐神テシュプとともに、太陽神アリンナが祀られていました。なお、大神殿は現在も発掘中です。

願いの石(グリーンストーン)

ハットゥシャ 願いの石

Acar54, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

大神殿の敷地内には、遺跡周辺に数ある石とは全く異なる性質をした緑色の巨石があります。この緑色の石は「グリーンストーン(yeşil taşı)」と呼ばれ、別名「願いの石」というパワーストーンとして、訪れる観光客にとても人気です。

このグリーンストーンは、蛇紋岩もしくはネフライト(翡翠)でできていると考えられています。ただし、どちらもハットゥシャシュ周辺の地域にはない鉱物なので、エジプトのラムセス2世から贈られたものだという説も。しかし、詳しいことは未だにわかっていません。

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ライオン門(Aslan Kapı)

ヒッタイト ハットゥシャ ライオン門

丘の上にはライオン像が迎える「ライオン門(Aslan Kapı)」があります。ハットゥシャシュ王国には町の入口となる6カ所の門があり、玄武岩で造られたライオン門は、そのひとつです。

門に装飾されたライオン像は2体ありますが、うち1体はひどく損傷していたたため、一部が復元されたものになります。ライオンの彫刻には魔除けの意味も込められているとされ、城壁内に悪霊が侵入するのを防いでいたと言われています。

スフィンクス門(İsfenks Kapısı)とイェルカプ(Yer Kapı)

最も標高の高い南側には「スフィンクス門(İsfenks Kapısı)」と、その真下には長さ70mの「イェルカプ(Yer Kapı)」と呼ばれる地下道があります。ここにある城壁は人工的に築かれたもので、石灰岩ブロックをピラミッド断面状に高さ20mも積み上げ、全長は250mもあります。

ハットゥシャシュの南西は傾斜が緩く、敵の侵入を防ぐためにこのような城壁が造られました。地下道から城外に出ると見られる、何十段にも組み上げられた城壁には圧巻です!

なお、現在ここで見られるスィンクス像はレプリカであり、実物はボアズカレ博物館に展示されています。スィンクスもライオン同様に魔除けの意味が含められていました。

王の門(Kral Kapısı)

ハットゥシャ 王の門

Bernard Gagnon, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

スィンクス門の先には「王の門(Kral Kapısı)」があります。この門にはトンガリ帽子を被った人物のレリーフがあり、発見当初はこの人物がヒッタイトの王と考えられていたことから「王の門」という名前が付けられました。

しかし、後にこの人物は王ではなく戦士であることが判明しています。現在ここにある人物のレリーフもレプリカで、実物はアンカラにあるアナトリア文明博物館に貯蔵されています。

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ニシャンテペ(Nişantepe)

ゴロゴロと置かれた岩の表面には古代文字が描かれており、そこにはハットゥシャシュ最後の王「シュピルリウマ2世」の偉業が残されています。また、通路の東向いにある「Room2」と呼ばれる建物には、シュピルリウマ2世の見事なレリーフもあります。

ブユックカレ(Büyük Kale)

ヒッタイト ハットゥシャ トルコ

ハットゥシャシュの東には、「ブユックカレ(Büyük Kale)」と呼ばれる大城塞があります。ブユックカレは紀元前13世紀に造られた城塞で、ヒッタイト王国が滅亡するまで王の住居として使われていました。

ヒッタイト王国があった頃は頑丈な壁に囲われており、長方形の塔が付随していたことがわかっています。また、内部には祈りの間や会議室、図書室、貯水場など、目的ごとに部屋が多数ありました。このうちの図書室で、1万枚にも及ぶ粘土板が発掘されたのでした。

なお、現在見られる城壁は、2006年にトルコ政府や日本タバコ(JT)の支援のもと、当時と同じ材料で復元されました。それは64mにも及ぶ、ヒッタイト王国の城壁を偲ばせるものとなっています。

ハットゥシャシュ遺跡観光の注意点

ハットゥシャシュ遺跡の観光は徒歩で行うこととなります。地面には大小さまざまな石も多く、足場が悪い場所のほか、階段や坂もあるので歩きやすい靴で訪れましょう。

加えて、遺跡内には日光を遮るものがほとんどありません。帽子や日傘、サングラスを準備しておくと安心です。飲み物を買う場所もないので、飲料水は必ず持参しましょう。

また、ハットゥシャシュ遺跡の近くにはヤズルカヤと呼ばれる古代遺跡があるのですが、ヤズルカヤ遺跡までは徒歩で行き来できる距離なので、同時に観光するのがおすすめです。3~4時間程でこの2つの遺跡を十分に見学することができます。

アラジャホユックも含めてじっくり遺跡を見学するなら、周辺の村に1泊するのがおすすめ!ボアズカレにもホテルがありますが、数件しかないので事前予約は必須です。

ハットゥシャシュ遺跡と一緒に訪れたい!ヤズルカヤ遺跡

ヤズルカヤ

Klaus-Peter Simon, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

「ヤズルカヤ(Yazlıkaya)」はハットゥシャシュの東3kmの場所に位置しており、ヒッタイト王国の聖地でもありました。ヤズルカヤとは「碑文のある岩場」という意味があります。

ヒッタイト最後の王シュピルリウマ2世が父トゥタルヤ4世を祀るために造ったとされており、元々は紀元前13世紀に岩場をそのまま利用して造られた露天神殿でした。岩に刻まれているレリーフには祭儀の様子も描かれています。その後、この場所に神殿が建設されましたが、現在は神殿の形は残っておらず、現在見られるのは土台のみです。

ヤズルカヤの入口を入って岩の左側に進むと、そこにはギャラリー1と呼ばれる場所があります。左の岩壁には男の神々が、右の岩壁には女の神々が描かれ、その奥に嵐の神テシュプが妻の太陽神ヘパプと子どもたちに迎えられる姿が刻まれています。その向いにある大きなレリーフはトゥタルヤ4世です。

ヒッタイトは千の神々を持つ国と言われており、岩肌にはヒッタイトの神々や、神格化された王たちが刻まれています。

ギャラリー2には、トンガリ帽子を被り、剣を手にした12人の黄泉の国の神々が行進するレリーフや、剣の神ネルガル、守護神シャルマに抱きかかえられたトゥタルヤ4世のレリーフも。守護神シャルマに抱きかかえられた王トゥタルヤ4世の姿は、神の特別な加護を受けた者であることを意味しています。

【ヤズルカヤ遺跡|観光情報】

名称 ヤズルカヤ遺跡(Yazlıkaya)
住所 Hisar, 19310 Boğazkale/Çorum, トルコ
開館時間 8時00分~19時00分(冬期は日没まで)
休館日 なし
入場料 10TL

アラジャホユック

アラジャホユック(Alaca Höyük)は、ボアズカレから北へ約30km離れた場所にある遺跡です。アラジャホユック周辺には初期青銅器時代以前からすでに人が定住していましたが、やがてこの地はヒッタイト人のものとなりました。

アラジャホユックは元々「アリンナ」と呼ばれていた都市と考えられていますが、アリンナとは太陽神の名前であることから、宗教都市でもあったのではないかと考えられています。

アラジャホユックの遺跡には、青銅器時代のものやフリギア時代のものなど、何層もの遺跡が重なっており、神殿、地下通路、双頭の鷲が刻まれた有名なスフィンクス門などが残っています。

ただし、スフィンクス門をはじめ、門の左右についたレリーフも実物は全て、アンカラのアナトリア文明博物館に移されており、ここで発掘された青銅のスタンダードもアナトリア文明博物館に多数展示されています。

また、アンカラのスヒエ交差点には3頭の鹿の像がありますが、この像の実物もアラジャホユックからの出土品でした。現在アラジャホユックに残るのはレプリカばかりになりますが、実物と見間違えるほど精巧な造りになっているので、見ごたえは十分ありますよ!

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【アラジャホユック|観光情報】

名称 アラジャホユック(Alaca Höyük)
住所 19600 Alacahöyük/Alaca/Çorum, トルコ
開館時間 8時00分~19時00分(冬期は17時00分)
休館日 なし
入場料 6TL

ボアズキョイ博物館

せっかくハットゥシャシュ遺跡を訪れたのならば、ボアズキョイ博物館も立ち寄りたいところです。ボアズキョイ博物館は1966年に開館し、2011年に改修されたことで、さらに魅力あふれる博物館へと生まれ変わりました。

規模は大きくありませんが、館内にはハットゥシャシュ遺跡の出土品がたくさん展示されていて、石器時代、旧青銅器時代、アッシリアの植民地時代、フリギア時代、ガラテア時代、ローマ時代、ビザンツ時代と、時代の移り変わりに沿って、遺跡を見られます。

なお、ボアズキョイ博物館で必見なのが、2体のスフィンクスです。博物館の中に入るとすぐ目の前にあるので、必ず目にするはず!入口から入って、向かって左はベルリン、右はイスタンブールの博物館から運ばれてきたもので、修復を経て現在はボアズキョイ博物館に展示されています。

【ボアズカレ博物館|観光情報】

名称 ボアズキョイ博物館(Boğazköy Müzesi)
住所 Çarşı, Hitit caddesi No:14, 19310 Boğazkale/Çorum, トルコ
開館時間 8時00分~19時00分(冬期は17時00分)
休館日 なし
入場料 6TL
公式サイト https://muze.gov.tr/muze-detay?SectionId=BOG01&DistId=MRK

古代へのロマンが掻き立てられるハットゥシャシュ遺跡

ヒッタイト ハットゥシャ トルコ

世界で初めて鉄器を使ったと考えられているヒッタイト人。ヒッタイト人が建てた王国を当時の姿に近い形で復元させたハットゥシャシュ遺跡は、古代へのロマンを掻き立てる魅力的な観光スポットとなっています。トルコを訪れた際にはぜひ訪れていただきたいスポットですが、アクセスが少々悪い点が気になるところ。

もしイスタンブールやカッパドキアなど、主要な観光都市とあわせて見たい場合は、効率よく周るためにも旅行会社のツアーを利用するのがおすすめです。

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