トルコの歴史をわかりやすく解説!人類文明発展を道のりを辿る旅に出よう
更新日:2023.02.28
投稿日:2022.10.14
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現在のトルコ共和国に至るまで、トルコが歩んできた歴史は壮大かつ複雑です。トルコが位置するアナトリア半島は、先史時代から人類が生活してきた場所で、アジアとヨーロッパを結ぶ地域にあることから、古来より多くの国や民族による興亡が繰り返されてきました。
トルコ民族も最初からアナトリアにいたわけではありませんが、その後、トルコ系王朝を建国し、かつては現在の領土を遥かに超える大帝国を築いた時期もありました。この記事では、バラエティ豊かで魅力あふれるトルコとアナトリアの歴史を解説していきます。
Contents
トルコ(アナトリア)の歴史まとめ
はじめに、トルコの歴史における主な出来事を年表形式で紹介します。
紀元前10万年ごろ(石器時代) | アナトリアに人類が最初の足跡を刻む(カライン洞窟:現在のカッパドキア付近) |
---|---|
紀元前1万年ごろ | 世界最古の遺跡、ギョベクリテペ |
紀元前7000~5650年ごろ | 世界最古の町チャタルホユック |
紀元前3000年~ | アナトリアの先住民族ハッティ人の時代。アナトリア最初の統一国家ヒッタイトが成立 |
紀元前2500~1250年ごろ | トロイ文明 |
紀元前1200年~ | 東アナトリアでウラルト、北部・中央アナトリアでフリギア、中央・西アナトリアではリディア・リキア・カリアが隆盛 |
紀元前12世紀 | 海の民の到来 |
紀元前546年 | アナトリアにペルシア人が侵攻 |
紀元前333年 | アレキサンダー大王の支配、ヘレニズム文化 |
紀元前1世紀 | ローマ帝国がコンスタンティノープルを首都に |
330年 | コンスタンティノープルを首都として東ローマ帝国(ビザンツ帝国) が成立 |
552年 | トルコ系民族がモンゴル高原一帯に大帝国「突厥可汗国」を築く(現代のトルコ人の祖先) |
744年 | トルコ系民騎馬民族のウイグル部族が独立し、744年に遊牧国家「ウイグル国(回鶻)」を成立させてトルキスタンに定住。 |
10世紀半ば | トルコ系民族で初めてイスラム教を国教としたトルコ系最初の王朝「カラハン朝」が成立 |
11世紀~ | 中央アジア遊牧民族であったトルコ系民族が南下・西進してセルジューク朝を建国してアナトリアを支配、トルコ化 |
1299~1923年 | オスマン帝国が600年以上にわたり隆盛。最盛期には北はハンガリー、西はアフリカのアルジェリア、南はエジプト・イエメン、東はアジアのインドに至るなど歴史的な大帝国に |
1923年 | 10月29日、アンカラを首都としてトルコ共和国を樹立。 |
1945年 | トルコ共和国が国連に加盟 |
1952年 | 国連加盟国として朝鮮戦争へ参戦するためNATOに加盟 |
1995年 | 欧州連合関税同盟に加盟 |
現在のトルコ共和国ができるまでの歩みを簡単に解説
続いては、トルコの歴史について、さらに詳しくみていきましょう。
トルコが位置するアナトリア半島では、先史時代からさまざまな民族や国家の興亡が繰り返されてきました。現在のトルコ共和国ができるまでの歩みを時代区分ごとに説明していきます。
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アナトリアは人類文明発祥の地
現在、トルコのアジア部分にあたるアナトリアは「文明のゆりかご」とも呼ばれる人類文明発祥の地です。アンタルヤのカライン洞窟には、紀元前10万年ごろの旧石器時代から人類が住んでいた痕跡が残っており、紀元前に築かれた遺跡も数多くあります。
なかには、世界最古の宗教施設が残るギョベクリテペや世界最古の組織的な街が形成されていたチャタルホユックなど、世界最古といわれる遺構を残す遺跡も存在します。
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数々の文明・国家が誕生
さまざまな文明や民族が交錯する地であったアナトリアには、紀元前から数々の国家が誕生しては衰退するという歴史が刻まれてきました。紀元前2200年頃から侵入をはじめたヒッタイト人は高度な文明をもち、紀元前17世紀頃にはアナトリアを広く支配する統一国家を建国します。
以降、トロイの木馬で有名なトロイをはじめ、紀元前1200年前後にアナトリアに到来した海の民やウラルト、フリギア、リディア、リキア、カリアなどの小王国の隆盛を経て、紀元前1000年頃からはエーゲ海沿いにギリシャ人の都市も築かれます。
その後は、アケメネス朝ペルシア、アレキサンダー大王のマケドニア、ローマ帝国、ビザンツ帝国(東ローマ)など大帝国の支配下になる時代が続き、多くの国や民族による興亡が繰り返されていきます。
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トルコ共和国の起源
さまざまな民族が流入していたアナトリアですが、では、現在のトルコ民族はどこからやってきたのでしょうか。
552年、中央アジアにあるアルタイ山脈の南でモンゴル系民族「柔然」に隷属していた鉄勒(てつろく)の一部だったトルコ系民族「突厥(とっけつ)/テュルク」が柔然を滅ぼして周辺諸民族を征服し、モンゴル高原一帯を支配する大帝国「突厥可汗国」を築きました。これこそがトルコ系民族による国家建設の第一歩であり、現在のトルコ共和国の始まりともいえます。
10世紀半ばになると、カルルク族により、現在のキルギスのブラナ遺跡にあたるベラサグンを首都とする「カラハン朝」が建国されます。カラハン朝は、トルコ系民族国家で初めてイスラム教を受容し国教に定めた王朝で、ここからトルコ・イスラム文化の基礎が築かれました。
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セルジューク朝~オスマン帝国の繁栄
11世紀から20世紀にかけ、アナトリアではトルコ系民族の国家であるセルジューク朝やオスマン帝国が繁栄しました。
セルジューク朝は1038年、中央アジア北部から南下してきたトルコ系民族オグズ族によって建国されました。1071年にはマンジケルトの戦いでビザンツ帝国に勝利し、アナトリアを支配下におさめます。これが、現在まで続く、トルコ人によるアナトリア定住のはじまりでした。
セルジューク朝は1157年に滅亡しますが、本家滅亡後もセルジューク朝から独立した後継王国ルーム・セルジューク朝は存続し、1300年にはエーゲ海に達して、現在のトルコ共和国とほぼ同等の支配領域を確立させました。
セルジューク朝の成立から滅亡までを徹底解説!オスマン帝国との関係も説明
セルジューク朝滅亡後、アナトリア西部で力をつけたオスマン侯国が1299年に建国したのがオスマン帝国です。強大化したオスマン帝国は600年以上も存続し、最盛期にはヨーロッパのハンガリーからアフリカのアルジェリア、エジプト、中東のイエメンなどを支配下におさめる大帝国を築きました。オスマン帝国の繁栄は、ギリシャや東欧、バルカン半島、シリアなどの周辺地域にもトルコ人が定着するきっかけにもなっています。
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オスマン帝国の滅亡とトルコ共和国の成立
最盛期には無敵を誇ったオスマン帝国も20世紀になると衰退し、ヨーロッパから「瀕死の病人」といわれるほど弱体化していました。第一次大戦の敗北により、ついにオスマン帝国は西欧列強による帝国解体と占領の危機を迎えます。
このとき、革命の指導者としてトルコを救ったのがムスタファ・ケマル・アタテュルクでした。祖国解放戦争に勝利したアタテュルクは、1923年10月29日、アンカラを首都としてトルコ共和国を樹立します。
トルコの初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクの生い立ちと偉業
トルコの初代大統領になったアタテュルクは、政治や経済、法律、文化など、さまざまな分野で近代化に対応するための改革を実施しました。アタテュルクの指導の下、トルコは西欧化を目指す現代的な世俗主義の国民国家へと生まれ変わったのです。
トルコの歴史を辿れるおすすめ観光スポット
トルコには、これまでトルコが歩んできた歴史を肌で感じられる遺跡や名所が多数存在しています。ここからは、トルコの歴史を巡れるおすすめの観光スポットの概要や見どころを紹介します。トルコへ旅行に行かれた際は、ぜひ訪れてみてください。
ギョベクリテペ遺跡
トルコ南東部の都市シャンルウルファの郊外にある紀元前1万2,000年前の新石器時代の遺跡で、ユネスコの世界遺産にも登録されています。東京ドーム1.7個分の広さをもつ遺跡からは、T字型の巨大な石柱が円形に配置された構造物が多数出土しています。これらの構造物は、古代の神殿であったと考えられており、世界最古の宗教施設といわれています。
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チャタルホユック
中央アナトリアのコンヤ付近で見つかった9,000年以上前の古代遺跡で、現在は世界遺産になっています。新石器時代から青銅器時代まで約2000年にわたり、何千世帯にもおよぶ大規模な集落が形成されていたとみられ、これほどの大きさの都市集落としては世界最古のものです。
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ハットゥシャ遺跡
アンカラの東に位置し、青銅器時代、アナトリアに統一国家を築いたヒッタイト帝国の首都であった遺跡です。ハットゥシャ遺跡には、ヒッタイト時代の大神殿や城塞、門、集落などが残されていて、世界遺産にも登録されています。
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トロイ遺跡
ヒッタイト帝国と同時期にアナトリア北西部に栄え、吟遊詩人ホメロスの叙事詩「イリアス」に登場する「トロイの木馬」で有名な古代都市トロイの遺跡です。かつては伝説上の存在といわれていましたが、1870年にドイツの考古学者シュリーマンにより発見され、実在が確認されました。トロイの考古遺跡として世界遺産にも登録されています。
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エフェソス遺跡
エーゲ海に面し、古代ギリシャやローマ時代には海上交易で栄えた古代港湾都市で、東地中海では最大となるローマ時代の遺跡です。クレオパトラやエフェソス公会議など歴史上の人物・出来事とも関係が深い場所で、貴重な遺物や遺構が残されています。世界遺産にも登録されていて、世界中から多くの観光客を集めています。
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ミレトス遺跡
エーゲ海沿いの古代都市で、古代ギリシャ時代には商業や貿易で栄え、小アジアにおける文化・学問の中心地でした。初期自然哲学の一派であるミレトス学派が生まれた街としても有名です。遺跡内では、大劇場や神殿、浴場、競技場、モスクなど、当時の活気を思わせる建造物が見られます。
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イスタンブール
ヨーロッパとアジアにまたがるトルコ最大の都市イスタンブールはローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国の首都として栄えてきた、トルコの歴史にとっても重要な街です。旧市街は「イスタンブール歴史地区」として世界遺産に登録されていて、トプカプ宮殿やアヤソフィア、ブルーモスクなど人気の観光スポットが多数あります。
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首都アンカラ
現在のトルコの首都であるアンカラはイスタンブールに比べると知名度は劣りますが、実は旧石器時代から存在する古い歴史をもつ街です。
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ローマ時代の浴場や神殿跡、ビザンツ時代のアンカラ城、トルコ建国の父ムスタファ・ケマルを祀るアタテュルク廟、古代文明の遺物を展示するアナトリア文明博物館など、古代から近代までのさまざまな時代に関わるスポットがたくさんあります。
トルコと日本の友好の歴史
親日国としても有名なトルコですが、両国の絆が生まれるきっかけになったのが、明治時代に起きたエルトゥールル号海難事故でした。
1880年9月15日、トルコ親善使節団を乗せたオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が悪天候により和歌山県串本町沖で座礁・沈没する事故が発生します。この事故では500名を超えるトルコ人が命を落としましたが、地元の人々が総出で救助活動を行ったことや、後に実業家の山田寅次郎が遺族のために義援金を集めてトルコに渡ったことが多くのトルコ人に感銘を与えました。
日本とトルコの絆が鮮明となったのが、エルトゥールル号海難事故から105年後の1985年に起きたイラン・イラク戦争です。このとき、イラン上空を飛ぶ航空機をすべて撃ち落とすというイラクの宣言により、テヘランに取り残された216名の日本人を救出してくれたのがトルコ政府とトルコ航空でした。そして、トルコが自国民よりも優先して日本人を避難させてくれた理由が「エルトゥールル号の恩を返しただけ」というものだったのです。
エルトゥールル号遭難事件から始まったトルコと日本の深い関係とは?
その後も、日本とトルコはお互い地震国ということもあり、災害時には相互に支援しあうなど、強い絆で結ばれ、現在も交流と友好関係を続けています。
トルコの歴史を楽しく理解!おすすめ映画・ドラマ3選
難しい歴史も楽しみながら理解できるのが、映画やドラマのもつ大きなメリットです。トルコの歴史に興味をもった方がさらに理解を深めるのに最適な3作品を紹介します。
TROY(トロイ)
ホメロスの叙事詩「イリアス」に登場するトロイア戦争をモチーフにした歴史映画です。ブラッド・ピット演じるギリシャの兵士アキレスを主人公に、戦いの様子と人間模様を描いており、有名なトロイの木馬も登場します。ストーリーにはフィクションも含まれますが、神話やトロイア戦争を理解する入り口にはぴったりの作品です。
トロイア戦争とは?古代ギリシャの叙事詩で語られる出来事は史実だったのか?
神聖ローマ、運命の日~オスマン帝国の進撃~
17世紀ヨーロッパを舞台に、1683年9月11日に起きたオスマン帝国による第2次ウィーン包囲を描いた歴史スペクタクル大作です。主人公のウィーンの修道士マルコと敵であるオスマン帝国宰相との因縁など、ドラマチックな脚色を交えながら、歴史上の戦いを迫力ある戦闘シーンとともに壮大なスケールで描いています。
オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~
オスマン帝国皇帝スレイマン1世の時代の宮廷ハレムを舞台に女性たちの権力闘争や人間模様を描くトルコ版大奥といえる歴史ドラマです。トルコだけでなく、中東や東欧、アジアなど世界90カ国以上で高視聴率を記録した大ヒット作品で、現在シーズン4まで製作されています。
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