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オデュッセイアは英雄オデュッセウスの冒険譚!あらすじ徹底解説

更新日:2023.04.05

投稿日:2022.09.29

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オデュッセウス

『オデュッセイア』は、古代ギリシャの吟遊詩人「ホメロス(ホメーロス)」によって作られた英雄叙事詩です。ホメロスの代表作には、主人公をアキレウスとする『イリアス』もありますが、オデュッセイアはイリアスの後に作られた叙事詩となっています。トロイア戦争後が描かれたオデュッセイアは、イリアスと並んで古代ギリシャ文学を代表する作品です。

オデュッセイアは紀元前8世紀頃にホメロスをはじめとする吟遊詩人によって歌われ、紀元前6世紀頃から文字に書かれるようになり、現在の24巻からなる叙事詩に編集されました。

この記事では、オデュッセイアのあらすじや冒険談などについて詳しく解説します。

オデュッセイアとは?

オデュッセウス セイレーン

オデュッセイアとは、どのような叙事詩なのでしょうか。まずは、オデュッセイアの意味や作者、イリアスとの違いについて紹介します。

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オデュッセイアの意味

オデュッセイアはギリシャの知将オデュッセウスを主人公にした物語で、叙事詩の題名『オデュッセイア(Odysseia)』は、「オデュッセウスの歌」という意味になります。オデュッセウスの帰還物語を歌ったため、オデュッセウスの歌という題名がつけられたと考えられています。

物語の中ではオデュッセウス自身が語り手となっている場面もあります。

ちなみに、英語では「オデッセイ(Odyssey)」と呼ばれていますが、この英単語のオデッセイはオデュッセイアの内容に由来して「長時間の放浪冒険旅行」という意味があります。

オデュッセイアの作者ホメロス

ホメロス

オデュッセイアの作者とされているホメロスは紀元前850年頃、トルコのスルミナ(現イズミル)に暮らす吟遊詩人でした。古代ギリシャの価値観や文化、芸術に大きな影響を与えた叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』の生みの親とされています。

しかし、イリアスとオデュッセイアがホメロスによって作られたのかどうかについては諸説あります。そもそも、ホメロスは本当に実在した人物なのかということも、はっきりと解明されておらず謎に包まれているのです。なぜなら、ホメロスが確実に存在していたと信頼できる文献は今もなお見つかっておらず、正式な生没年や出身地は不明だからです。なお、ホメロスの人物像については後半で詳しく紹介します。

オデュッセイアとイリアスの違い

オデュッセイアは、オデュッセウスを主人公としたストーリーです。10年に渡る長い歳月の中、持ち前の勇気と知力を使って多くの困難に立ち向かいながら、故郷を目指す壮大な冒険談となっています。また、戦いの場面だけでなくさまざまな要素が詰め込まれた内容ですが、イリアスよりも短いため比較的読みやすいと感じる人も多いようです。

オデュッセウスは主人公のオデュッセウスを中心とした物語のため、イリアスと比較してオデッセウス以外の英雄たちの登場機会はほとんどありません。トロイア戦争で活躍した多くの英雄や神々が登場するイリアスのほうが、子どもたちは興味を持って読みやすいかもしれません。なお、イリアスはブラッド・ピットが主演を務めた映画「トロイ」の原作となっています。

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トロイア戦争とは?

トロイア戦争

トロイの木馬作戦で有名なトロイア戦争ですが、イリアスではトロイア戦争終盤の51日間だけを描いています。したがって、トロイの木馬やトロイア戦争終結の顛末は描かれていません。オデュッセイアを深く理解するには、トロイア戦争についても知っておく必要があります。そこで、トロイア戦争について解説します。

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トロイア戦争の始まり

トロイア戦争は、トロイア王国の王子パリスが女神アフロディーテの助けを借り、スパルタ王メネラオスの妃である絶世の美女ヘレネーを奪ったことに始まりました。これに怒りが収まらないヘレネーの夫メネラオスは、兄アガメムノーンを大将にギリシャ軍を組み、トロイアへの攻撃を始め、これによって10年にもわたる「ギリシャ(アカイア)軍」と「トロイア軍」の戦争が始まったのです。

10年にも及んだトロイア戦争のさなかで、最強の英雄アキレウスと冷静沈着な英雄オデュッセウスらが活躍します。作者ホメロスはこの二人の英雄の活躍を英雄叙事詩として書き残したのでした。

なお、トロイア戦争の舞台にもなったトロイア王国は長らく伝説と思われてきましたが、シュリーマンが現在のトルコのエーゲ海沿岸の地でトロイ遺跡を発見したことからトロイア王国が実在していたことが証明されました。シュリーマンとは、トロイ遺跡の発見者として知られるドイツの考古学者であり、ギリシャ古代文明の解明に大きな功績を残した人物として有名です。

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トロイの木馬作戦

トロイの陥落 トロイア戦争

トルコには「トロイの木馬」でも有名なトロイ遺跡があり、観光地としても人気な場所となっています。トロイの木馬作戦とは、ギリシャ軍が戦いを諦めたように見せかけ、ただひとりの生贄と巨大な木馬を神に捧げるような形で残し、船で全員が引き上げるという作戦です。

戦いが終わったと思ったトロイア軍が木馬を城内に引き入れ大饗宴を始めます。ところが、実は空洞と思われたこの木馬には数多くのギリシャ兵が隠れていたのでした。木馬から出てきたギリシャ兵は城に火を放ち、タイミングを見計らって引き返した仲間と共に再び攻撃を開始、難攻不落を誇ったトロイアはあっけなく陥落してしまうというストーリーです。

トロイの木馬作戦を考えたのがオデュッセイアの主人公であるオデュッセウスで、なかなか攻略できないトロイアを破るために何か策略が必要だと考えたのでした。作戦が成功したことでヘレネーは再びメネラオスの元に戻ることとなり、10年にも及んだトロイア戦争は終わりを告げたのです。

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オデュッセイアの主な登場人物

オデュッセウス

オデュッセイアのあらすじをご紹介する前に、物語に登場する人物として、オデュッセウス一家、旅の途中で出会う人々、オリンポスの神々に分けて解説します。

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オデュッセウス一家

  • オデュッセウス:物語の主人公。頭が良く、口が達者で、強い。イタケという小さな島国の王であり、トロイア戦争でも活躍した知将。
  • ペーネロペー:オデュッセウスの妻。オデュッセウスの不在中に多くの求婚者に迫られる。
  • テレマコス:オデュッセウスの一人息子。母ペーネロペーの求婚者の横暴に耐えかね、父オデュッセウスを探す旅に出る。

旅の途中で出会う人々

  • カリュプソー:オデュッセウスを愛していたことから、彼を捕らえた女神
  • メネラオス:スパルタ王。テレマコスを歓迎し、オデュッセウスの消息を教える
  • ナウシカアー:ポセイドンによって漂流してしまったオデュッセウスを助けたスケリア島の王女
  • アルキノオス王:スケリア島の王。スケリア島に漂着したオデュッセウスをもてなし、イタケへ送り届ける
  • キルケ:アイアイエー島に住む魔女。オデュッセウスたちを館に済ませ、冥界への旅路を手助けする

オリュンポスの神々

ゼウス 神話

  • ゼウス:オデュッセウスの最終的な運命を決める存在
  • ポセイドン:オデュッセウスに自分の子どもである一つ目の巨人ポリュペーモスの目を潰されたことから怒りを覚え、度々オデュッセウスの帰路を妨害する
  • アテネ:オデュッセウスたちを気にかけ、助けてくれる存在
  • アイオロス:風の神。島にやってきたオデュッセウスをもてなす

オデュッセイアのあらすじ

オデュッセウス

オデュッセイアの物語の大部分は、トロイア戦争の勝利後に凱旋するオデュッセウスの道中で神々の陰謀によるさまざまな困難を乗り越えながら10年間の長い歳月をかけて故郷に戻るまでの冒険談。そして故郷に戻った後に自身の不在中に妻に求婚を迫った男たちを粛清する話が書かれています。

ストーリーの展開は大きく分けると、以下のようになります。

  • 息子テレマコスの旅立ち
  • オデュッセウスの旅立ち
  • オデュッセウスの困難と冒険
  • オデュッセウスの帰還と妻の求婚者たちへの粛清
  • オデッセウスの妻ペーネロペーとの再会

息子テレマコスの旅立ち

テレマコス オデュッセイア

トロイア戦争が終結した後も、オデュッセウスは故郷イタケには戻ってきませんでした。オデュッセウスはイタケの王でもありましたが、オデュッセウスが帰還しないことから亡くなったと考えられていたのです。そのため、イタケの王宮にはオデュッセウスの妻ペーネロペーと息子のテレマコスが暮らしていましたが、他にペーネロペーと結婚を望む多くの求婚者も住みついていました。

このペーネロペーとの結婚を望む者たちのほとんどがイタケ王国の財産目当てであり、彼らは王宮に居座ったうえに宴会を開き傍若無人にふるまっていたのでした。しかし、年若いテレマコスには彼らに立ち向かう力がありませんでした。

その頃、オリュンポスの神々の間ではオデュッセウスを故郷のイタケに帰すかどうかの協議が行われていました。ほとんどの神々が帰還に同意していましたが、海の神ポセイドンだけは反対します。なぜなら、自分の子どもである一つ目巨人ポリュペーモスの目をオデュッセウスが潰したことに怒りを覚えていたからです。そのため、オデュッセウスに対して海難を与えていました。

そこで女神アテネは、ポセイドンがいない間に最高神ゼウスにオデュッセウスの帰還を請願します。そして、アテネは異国の王であるメンテースに変装し、イタケの王宮に行きました。そこで、オデッセウスの息子であるテレマコスを𠮟咤激励します。アテネはテレマコスに対し、「求婚者たちが王宮を占領している状況を変えるためには、父親の生死をはっきりとさせる必要がある」と助言したのです。そして、船に乗りトロイア戦争を父オデュッセウスと共に戦った英雄たちの元へ向かい消息を尋ねるように勧めました。

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その翌日、集会を開いたテレマコスは、イタケ市民の前で求婚者たちの横暴なふるまいを訴えました。しかし、反論しているテレマコスの言葉を求婚者たちがかき消したため、市民に訴えても問題解決には至らなかったのです。ついに、テレマコスは父を探す旅に出ることを決意します。女神アテネに付き添われながら求婚者たちが眠っている夜間に旅立ったのです。

オデュッセウス生存の手がかり

アテナ 像 彫刻

父オデュッセウスを探す旅に出たテレマコスとメンテース王に変装したアテーナーは、先ずギリシャ本土のピュロスにいる老将ネストルを訪ねました。しかし、トロイア戦争終了後、生き残った英雄たちは2つの部隊に分かれて帰路についたため、ネストルはオデュッセウスの行方と生死については分からないと言いました。そこで、ネストルは二人に対し、もうひとつの部隊となったトロイア戦争で副大将を務めたスパルタ王のメネラオスを尋ねることを提案したのです。

翌日テレマコスはネストルの息子の案内でスパルタに向けて出発し、無事にスパルタ王国に到着します。そこでスパルタ王のメネラオスとその妻ヘレネー王に会いました。テレマコスがオデュッセウスの息子と知ると彼らは感激し、トロイア戦争でのオデュッセウスの活躍をテレマコスに伝えました。

そして、メネラオスたちがエジプトから帰る途中のファロス島で、海の老神プロテウスからオデュッセウスがカリュプソーの島で捕らえられているという話を聞いたことも伝えます。ここで、テレマコスはオデュッセウスの生存の可能性を知ることができたのでした。

ちょうどその頃、イタケの王宮にいる求婚者たちはテレマコスがいなくなっていることに気付きます。怒った求婚者たちはテレマコスがイタケに戻ってくる時に待ち伏せをして殺してしまおうと計画します。彼らの陰謀を知ったペーネロペーは女神アテネにテレマコスが無事帰還することを祈るのでした。

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オデュッセウスの脱出

オデュッセウス カリュプソー

オデュッセウスは、スパルタ王のメネラオスが言うとおり、女神カリュプソーの島で7年間捕らえられていました。オデュッセウスはイタケへの帰還を望んでいるにもかかわらず、カリュプソーはオデュッセウスを愛していたため、彼に不死を与え、夫として一緒に暮らすことを望んでいたのです。

そんな中、ポセイドンがいない時に神々はオデュッセウスを帰国させることを決定し、最高神ゼウスから遣わされたヘルメスがその旨をカリュプソーに伝えます。ゼウスから連絡を受けたカリュプソーは渋々ながらもオデュッセウスにその旨を伝え、衣服や食べ物を与えます。オデュッセウスは筏(いかだ)を作り、晴れて島を脱出できたのでした。

ところが、オデュッセウスが島から出たことを知ったポセイドンは激怒し大きな波を起こし、オデュッセウスの乗った筏を転覆させます。しかし、アテネや海の女神レウコテエの助けを得て、数日間必死に泳ぎ続けた末に海岸に無事漂着しました。漂流した場所は、バイエケス人の住むスケリア島でした。

オデュッセウス ナウシカアー

翌朝、オデュッセウスはスケリア島の王女ナウシカアーに助けられます。ナウシカアーは夢の中でアテネからお告げを受け、お告げのとおり海外線に行ったところオデュッセウスを発見したのでした。ナウシカアーは父であるアルキノオス王の元にオデュッセウスを案内しました。アルキノオス王はオデュッセウスの素性を知りませんでしたが、彼を歓迎し、帰国するための船を用意することを約束してくれたのです。オデュッセウスは数日間スケリア島に滞在し、出航前にアルキノオス王が別れの宴を開いてくれました。

オデュッセウスの冒険

オデュッセウスはアルキノオス王に、ギリシャの武将としてトロイア戦争に参加していたことや自分が立案したトロイの木馬作戦などについて話し始めました。この話は女神カリュプソーに出会う前に戻ります。

冒険談その①「ロートパゴスの島」

ロートパゴス島 オデュッセイア

オデュッセウスはトロイア戦争終結後、トロイア王国の北にある東トラキアからギリシャを目指しました。しかし地中海で北風と波によってオデュッセウスの船団は航路を外れてしまったのです。

最初に到着したのはロートパゴス族の土地でした。そこでロートパゴス族からロートスの果実をもらい、部下たちはその果実を口にしました。ところが、ロートスの果実には魔力があり、果実を食べた部下たちはこの土地にこのまま住み続けたいと考えるようになってしまったのです。唯一ロートスの果実を食べなかったオデュッセウスは、帰国の意志をなくした部下たちを無理やり船に乗せ、なんとかこの地を離れたのでした。

冒険談その②「キュクロプス島」

キュクロプス オデュッセイア

次に辿り着いたのは、一つ目の巨人たちが暮らす緑豊かなキュクロプス島でした。そこは多くの家畜が歩き回り、作物が実る豊かな島でしたが、島の主である一つ目の巨人キュクロプスは極悪残忍でした。オデュッセウスが部下たちと共に島を探検していると、チーズが置かれ羊が飼われている洞窟を発見しました。洞窟の中に入ったところ、戻って来た一つ目の巨人のひとりポリュペーモスに閉じ込められてしまいます。オデュッセウスは解放するように頼みますが、ポリュペーモスは聞き入れず部下たちを生きたまま丸呑みしてしまったのです。オデュッセウスはオデッセウスに名前を尋ね「最後にお前を食べてやろう」と言いました。名前を尋ねられたオデュッセウスは自分の名前を「誰でもない」と答えました。

オデュッセウスは残った部下と共に洞窟から脱出するため、ポリュペーモスにワインを飲ませ酔わせて眠らせます。眠った隙にポリュペーモスの目を巨大な丸太で貫き目を見えなくしたのです。ポリュペーモスの叫び声を聞いた他の一つ目巨人たちがやってきて、ポリュペーモスに誰にやられたか尋ねました。目を攻撃されたポリュペーモスは「誰でもない」と答えたため、一つ目巨人たちはそのまま帰ってしまいます。そしてオデュッセウスたちは、羊が洞窟から出される時に羊の下に隠れて洞窟から脱出したのです。

オデュッセウスたちはなんとか島を脱出しますが、オデュッセウスが目を見えなくした巨人ポリュペーモスの父親はオリュンポスの神々の一人であるポセイドンでした。ポリュペーモスは父親ポセイドンに祈り、オデュッセウスが長い間故郷に帰れない呪いをかけることを頼んだのでした。

冒険談その③「アイアイエー島」

オデュッセウス キルケ

キュクロプス島を脱出したオデュッセウス一行が次に立ち寄った風の神アイオロスの島では歓待を受けます。そこで風の神アイオロスから無事に故郷に帰れるように逆風の中でも風を吹かすことができる袋をもらいました。

航海は順調でもうすぐ故郷のイタケに到着するという時、オデュッセウスが袋の中に宝物を隠し持っていると勘ぐってしまった部下がその袋を開けてしまいました。袋を開けると強風が吹き、再び旅路は雨風が吹き荒れるものとなってしまったのです。そして、オデュッセウスたちが乗った船は来た方向へと戻されてしまいます。

風の神アイオロスに助けを求めるも、不吉に感じたアイオロスは手助けを拒否します。オデュッセウス一行は、自力で再びイタケに向けて航海を続けました。そこで流れ着いた巨人ライストリュゴス族の島では多くの部下を失い、とうとう残った船は1隻と約40名の部下のみとなってしまったのです。それでも1隻の船で航海を続け、なんとか魔女キルケが住むアイアイエー島に辿り着いたのでした。

アイアイエー島到着後、オデュッセウス一行は2つの部隊に分かれて島内を探索しますが、そこに先遣隊としてオデュッセウスとは別の部隊に派遣されていた部下たちが魔女キルケの館を見つけました。館に招待された部下たちが、出されたワインとチーズを食べると、入っていた薬によって豚の姿に変えられてしまったのです。

部下たちを救い出すためにオデュッセウスはキルケの館に向かいます。そこにヘルメスが現れ、特別な薬草モーリュを与えキルケの魔法が効かないように手助けをしてくれました。それを知らないキルケはオデュッセウスに薬が入ったワインを飲ませましたが、豚にならないオデュッセウスにキルケは驚きます。そこで、オデュッセウスは豚の姿に変えられた部下たちを人間の姿に戻すように迫ったのです。観念したキルケは豚の姿にした部下たちを人間に戻し、オデュッセウスたちはキルケの館で暮らすようになりました。

キルケの館で暮らしはじめて1年が経った頃、オデュッセウス一行はアイアイエー島から出発することにします。旅立つ彼らにキルケは、イタケに向かう前に冥界に足を運び預言者テイレシアースから今後についての助言をもらうように言いました。

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冒険談その④「冥界への訪問」

オデュッセウス テイレシアース

オデュッセウスたちは魔女キルケの助言通り、預言者テイレシアースから助言をもらうため、生贄の羊を船に積み込み冥界に向かいました。冥界に着いたオデュッセウスは生贄を捧げると預言者テイレシアースが現れました。

テイレシアースは、トリーナキエー島でヘーリオスの神聖な家畜を食べないようにすれば無事に家に帰ることができると告げました。また、オデュッセウスは、冥界でアキレウスやアガメムノーンなどトロイア戦争の戦友たち、そして母親とも話すことができたのです。冥界では、ヘラクレスやオリオンといった名の知れた英雄の姿も目にしました。そして、今は亡き母親から自分の屋敷の現状についての話を聞きました。こうして冥界から戻ったオデュッセウスたちはキルケの館を後にし、再びイタケへと旅立ったのです。

冒険談その⑤「怪物セイレーンの誘惑」

オデュッセウス セイレーン

オデュッセウス一行はイタケへの航海の途中、上半身が人間の女性、下半身は鳥の姿をした怪物セイレーンの住む島の近くを通ることになりました。セイレーン岩礁から美しい歌声で航行中の人々を惑わして船を難破させるとされ、その歌声に魅了されてセイレーンに喰い殺された船乗りたちの骨は島に山をなしたともいわれています。

そのため、オデュッセウスの部下たちは蜜蝋で耳を塞ぎます。しかしオデュッセウスは歌に興味があったため耳は塞がず、セイレーンの近くに行かないように自身の身体をマストに縛り付けました。音が聞こえない部下たちはオデュッセウスの様子を見て、セイレーンの海域を離れたか判断し、無事に通過できたのです。こうして、誘惑の歌を歌うセイレーンの海域を超えました。

さらに、6つの頭を持つ不死の怪物スキュレのそれぞれの頭に6人の部下が食べられてしまったものの、なんとか逃げ延びることができたのです。ちなみにこの怪物セイレーンは、今では当たり前に見かけるスターバックスのロゴのモデルになっています。

そして一行はトリーナキエー島の近くに行き着きますが、冥界で預言者テイレシアースから告げられた助言のとおり、島には上陸しないようにオデュッセウスは部下に伝えます。しかし、嵐が1ヶ月も続き島の近海から動けなくなってしまい、用意していた食料もなくなってしまいました。そのため部下は言いつけを破り、トリーナキエー島へ上陸し、ヘーリオスの娘が大事に世話をしていた牛を食べてしまったのです。

怒ったヘーリオスはゼウスに罰を下すように訴えます。ゼウスが罰として放った雷が出航したオデュッセウスの船に直撃し船は壊され、部下たちは全員溺死してしまいました。そしてオデュッセウスただ一人だけが生き残り、女神カリュプソーの島に流れ着いたのです。

オデュッセウスの帰還

オデュッセウスの帰還

カリュプソーの島に流れ着いたオデュッセウスが長い流浪譚を語り終えると宴は終わりました。これを聞いたアルキノオス王は深く同情し、オデュッセウスに船と財宝を与えることにしたのです。そして、大量の財宝と土産物と共に、オデュッセウスが寝ている間に船で送り出しました。

翌朝、トロイア戦争に参加してから20年ぶりに故郷イタケの港に到着します。しかし、目覚めたオデュッセウスは自分がどこにいるのか分からずに動揺していました。そんな中、オデュッセウスの前に現れたアテネに故郷イタケに辿り着いたことを告げられます。アテネはオデュッセウスの正体がばれぬよう、見た目を老いさせ、服装もボロボロにして、屋敷を取り戻すための解決策を授けたのです。

老人の姿をしたオデュッセウスは港から街に行く途中にある豚飼いのエウマイオスの小屋を訪れます。エウマイオスは突然やってきた老人を歓迎し、ここで初めてテレマコスが自分を探しに旅立ってしまったことを聞きました。しかし、オデュッセウスはエウマイオスに自分の身分を明かさず、夕食をとって眠りにつきました。

息子テレマコスとの再会

オデュッセウス テレマコス

一方のテレマコスですが、父親オデュッセウスを探してスパルタのメネラオスの館にいたところ、アテネから助言を受けイタケに戻ることにします。アテネはテレマコスに、求婚者たちがテレマコスを亡き者にしようとしていることも教え、イタケに戻ったらまずは豚飼いのエウマイオスを訪ねるように言いました。

無事イタケに戻ったテレマコスはアテネの助言どおりエウマイオスを訪ねます。イタケ近海で待ち伏せしていた求婚者たちを回避してテレマコスは無事にイタケに到着したのです。エウマイオスは無事帰国した王子テレマコスをもてなし、母親が住む王宮に王子の帰還を報告しました。アテネはそこにいた老人の姿をしたオデュッセウスを元の姿に戻しました。目の前に突然現れた父親を見てテレマコスは驚きます。こうして親子は20年ぶりの再会を果たすことができたのです。そして二人は求婚者たちを王宮から追い出すための計略を立てます。

老人の姿で王宮に帰還

オデュッセウス

テレマコスはひと足先に王宮に帰り、後を追うようにしてオデュッセウスもエウマイオスに連れられて王宮に行きます。その頃王宮ではアンティノオスなどの求婚者たちが勝手に宴を繰り広げていました。そこにテレマコスが戻ると、母親のペーネロペーは無事に戻って来た息子を歓迎しました。人が大勢いる中では求婚者たちもテレマコスに手を出すことができません。

そして老人の姿をしたオデュッセウスが、エウマイオスに連れられて客人としてやってきました。求婚者たちは貧しい身なりをした老人を嘲笑しますが、ペーネロペーは身なりで判断せず、旅をしてきた老人が自分の夫の情報を知っているかもしれないと考え、話をしたいと言います。オデュッセウスは求婚者たちを粛清するためこの時はまだ自らの素性を明かさず、過去にオデュッセウスと会ったことがあると話し、オデュッセウスは近いうちに必ず帰って来るとペーネロペーに伝えました。

オデュッセウスの生存が確認できたペーネロペーはこの老人をもてなすために、古くから王宮に努める女中エウリュクレイアに足を洗い寝床を用意するよう命じます。エウリュクレイアが老人の足を洗っていると老人の足にある古傷に気付き、老人の正体がオデュッセウスだということを悟りました。エウリュクレイアは王の帰還に感激しペーネロペーに伝えようとしますが、オデュッセウスは固く口止めをしたのです。

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求婚者たちへの粛清の始まり

オデュッセウス

老人の姿をしたオデュッセウスが王宮に戻った翌日、ペーネロペーの夫を決めるための競技大会の開催が決まっていました。この競技大会は、なかなか夫を選ばないペーネロペーに業を煮やした求婚者たちにアテネの助言によって促されたものです。かつてオデュッセウスが使っていた大弓を用いて、穴の開いた12の斧を射通すことができた者に嫁ぐと宣言したのでした。

オデュッセウスはこの日に求婚者たちを打ち倒そうと計画し気持ちが高ぶっていました。ゼウスはそんなオデュッセウスを鼓舞するため、晴天の空に雷鳴を轟かせたのです。こうして競技大会が始まりましたが、弓はあまりにも大きく求婚者たちは誰ひとり糸を張ることさえできませんでした。ところが、老人に扮したオデュッセウスはやすやすと弓を引き、12の斧の穴全てを射通したのです。求婚者たちの中で驚きと動揺が広がります。

オデュッセウスは続けて、求婚者たちのリーダー的存在であるアンティノオスの喉を矢で射抜くと、テレマコスや信頼する部下たちと共に次々と求婚者たちを討ち取っていきました。矢が尽きるとテレマコスがあらかじめ準備していた槍や剣を手に取り、求婚者たち全員に凄惨な粛清を行っていきました。また、求婚者たちと不貞を行っていた家政婦たちも有罪となり粛清されたのでした。

妻ペーネロペーとの本当の再会

オデュッセウス ペーネロペー

オデュッセウスが求婚者たちに対して静粛を行っている最中、ペーネロペーはアテネによって眠らされていました。オデュッセウスたちによる求婚者たちへの粛清が終わると、女中のエウリュクレイアはペーネロペーを起こし、オデュッセウスが帰還して求婚者たちを倒してくれたことを伝えます。そしてペーネロペーの前にオデュッセウスが姿を現しますが、多くの求婚者たちに嘘をつかれ続けたペーネロペーは半信半疑でした。

そこで、ペーネロペーは女中にベッドを寝室から動かすように言います。それに対しオデュッセウスはすかさず、そのベッドは根が生えたオリーブの木から自分が作ったため動かすことはできないと言ったのです。それを聞いてペーネロペーは感極まりました。なぜなら、このことはオデュッセウスとペーネロペーの二人だけの秘密だったからです。ペーネロペーはオデュッセウスが本人であると確認し、夫の胸に飛び込みます。こうして、オデュッセウスとペーネロペーは20年ぶりの再会を果たしたのです。

オデュッセウスとテレマコスらはオデュッセウスの父ラエルテスの家にも向かい、そこでも感動の再会を果たします。その後、求婚者たちの一族が復讐にやってきますがオデュッセウスたちは返り討ちにしました。そしてアテネの仲介により両者は和解し、オデュッセイアの物語は幕を閉じます。

オデュッセウスの旅路を辿る

イオニア

10年にも及ぶトロイア戦争から、戦争後はさまざまな困難に見舞われ帰還までに10年、延べ20年の歳月を経てオデュッセウスは故郷のイタケに帰還することができました。そんなオデュッセウスの旅路を振り返って辿ってみましょう。

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オデュッセウスがイタケに帰還するまでに訪れた場所が実在しているか否かについては、古くから学者たちによって議論されてきました。その後の研究によって推定され、オデュッセイアの舞台はペロポネソス半島および現在のイオニア諸島とされています。現代の地中海周辺の地図と照らし合わせて物語を楽しむとより一層の臨場感を味わうことができるでしょう。

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10th year

作者のホメロスの人物像

ホメロス 

イリアスの作者「ホメロス(ホメーロス)」は、紀元前8世紀末に存在したと吟遊詩人(アオイドス)です。紀元前850年頃にトルコのスミルナ(現イズミル)またはギリシャのエーゲ海の島キオスに住んでいて、イオニア地方を吟遊していたとされています。しかし、実在した人物かどうかははっきり解明されていません。

名前のホメロスですが、古代ギリシャ語で「盲目」を意味し、ホメロスは盲目の詩人であったといわれていますが、生まれつき盲目というわけではありませんでした。スミルナ(現在のトルコ・イズミル)で生まれたホメロスは、成人してから交易商の船に乗り込みギリシャの島々に立ち寄ります。しかし、航海の途中で目を患い、スミルナに戻る頃には眼病が悪化して盲目になってしまったのです。

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ホメロスの本名は「メレシゲネス」とされており、古代ギリシャ語のエーゲ海沿岸地域のイオニア地方の方言で、盲目を意味するホメロスが通称として定着したものとされています。ホメロスの名声はイオニア地方だけでなく、ギリシャ本土でも知られるようになりますが、ギリシャのアテナイ(アテネ)に向かう途中、エーゲ海の島イオス島で病にかかり、ここで生涯を閉じました。

ホメロスの詩づくり

ホメロスが詩づくりを始めたのは盲目となってからです。ホメロスは盲目になる前に交易商の船でギリシャの島々を立ち寄った際に、ギリシャ神話にまつわる伝承を人々から聞いていました。そこからギリシャ神話の詩づくりに専念し、町中で詩を朗読して評判を得たのです。そして、スミルナまたはキオスで代表作となる『イリアス』と『オデュッセイア』などの叙事詩を作りました。

イリアスとオデュッセイアの物語の舞台となっているトロイア戦争が起きたのは、紀元前1260年~紀元前1180年頃と推定されています。対して、ホメロスが生きていたのは紀元前850年頃だとされているので、彼は戦争を直接見聞きして叙事詩を書いたわけではないのが分かります。

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ホメロスの代表作

アキレウス

ホメロスの代表作『イリアス』と『オデュッセイア』は、ギリシャ神話と同様に、教養ある市民が必ず知っているべき知識のひとつとされました。この2つの作品はギリシャ文学の基礎となり、古典時代のギリシャ文学とギリシャ神話に大きな影響を与え、それらを通してその後の西洋文学にも影響を及ぼしたのです。

イリアスとオデュッセイア、どちらも一人の主人公の活躍に焦点を当てています。イリアスでは「アキレウス」、オデュッセイアは「オデュッセウス」が主人公となっており、オデュッセイアはイリアスと対になっている話です。

イリアスもオデュッセウスも複数の日本語訳が出版されていますが、比較的新しく出された松平千秋氏訳のもの(岩波文庫)が読みやすくておすすめです。

オデュッセイアから名付けられたもの

さまざまな絵画の題材にもなっているオデュッセイアの物語は、後世のヨーロッパ文学に大きな影響を与えました。そんなオデュッセイアから影響を受け、名前の由来となっているものが日本にも存在します。ここでは、オデュッセイアから名付けられた日本のものを紹介します。

日本酒(純米大吟醸)

神戸市東灘区に本社を構える菊正宗酒造株式会社が限定170本で販売した日本酒に「オデュッセイア2001」という大吟醸があります。「オデュッセイア2001」は長期冷却熟成された純米大吟醸となっており、上品な味と香りが特徴です。2001年から冷却貯蔵し、2020年の12月に蔵出しされており、オデュッセウスが故郷を離れて20年に渡る旅をしたことと共通していることから、オデュッセイアと名付けられたそうです。

バラの花

バラの育種家の木村卓功氏が2013年に発表したバラは「オデュッセイア」と名付けられています。深みのある深い赤黒の花色と堅い樹がとても個性的で魅力的です。日本の環境で育てやすいバラで、愛好家からたくさんの支持を集めていることで知られています。ちなみに、オデュッセウスの帰国を待ち続けていたペーネロペーから名付けられた「ペネロペイア」というバラもあります。ペネロペイアは、ピンクをベースにしたバラで美と包容力を思わせるやわらかい雰囲気が特徴です。

自動車

本田技研工業が1994年から2021年まで販売していた高級ミニバンに、ホンダ・オデッセイがあります。「長い冒険旅行」という意味を持つオデッセイ。語源はオデッセイアからきたものとされています。オデッセウスが体験した10年間の冒険旅行から、家族みんなで冒険旅行を楽しんでほしいという思いが込められていたそうです。

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【まとめ】古代ギリシャの叙事詩オデュッセイア

オデュッセイア

オデュッセイアは、英雄オデュッセウスがトロイア戦争後の10年という長い歳月をかけて故郷に帰還する物語です。作者はホメロスといわれていますが、実在した人物なのかどうかも明らかになっていません。謎多き物語だからこそ、人々を魅了し続けるのでしょう。また、オデュッセウスを読む前に同じく古代ギリシャの叙事詩『イリアス』を読んでみるのもおすすめです。英雄たちが活躍し、さまざまな神々が登場する古代ギリシャの神秘的な世界に浸ってみませんか。

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