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ヴァレンス水道橋とは?1000年以上の歴史を持つ人気の観光スポット

更新日:2023.11.13

投稿日:2023.11.13

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ヴァレンス水道橋 イスタンブール

ヴァレンス水道橋(Valens Kemeri)は、4世紀後半に当時ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンティノープルに建設された水道橋です。この水道橋はビザンツ時代から何世紀にもわたって拡張・維持されながら、オスマン帝国時代まで約1400年間も使用されました。

現在もイスタンブールの街にその姿を一部残しており、ローマ時代の文化や技術力の高さをうかがい知れる人気の観光スポットとなっています。

ヴァレンス水道橋の場所・アクセス

ヴァレンス水道橋 イスタンブール

トルコのイスタンブール旧市街のほぼ中央に位置するファティ地区に、ヴァレンス水道橋の終端部分が現存しており、ボズドアン水道橋(Bozdoğan Kemeri)呼ばれています。現在イスタンブール大学とファティ・モスクがある丘の間の谷に架かっており、橋の下をアタテュルク大通りが走っています。

最寄りのメトロ(地下鉄)M2のヴェズネチレ駅(Veznecıler)で下車し、西へ徒歩5分ほどでアクセスできます。近くにはシェフザーデ・モスクなど、他の歴史的名所も数多く見られます。

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ヴァレンス水道橋の観光のポイント

ヴァレンス水道橋 イスタンブール

現存しているヴァレンス水道橋(ボズドアン水道橋)の長さは921メートル、高さ約29メートル、幅約8メートルとイスタンブールに残る歴史的遺構の中でも大規模な建築物ですが、当初の長さより50メートルほど短いそうです。

切石積みのブロックと煉瓦を組み合わせた不規則な構造で、2段の美しいアーチが目を引きます。水道橋は夜になるとライトアップされ、幻想的な雰囲気に包まれます。

1~40番目および46~51番目のアーチはローマのヴァレンス帝の時代、41~45番目はオスマン帝国のムスタファ2世の時代、52~56番目はスレイマン1世の時代となっており、何世紀にもわたって修復・再建を繰り返しながら利用され続けた痕跡が残っています。

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ヴァレンス水道橋の歴史

ヴァレンス水道橋 イスタンブール

ビザンティウムの都市の給水システムは、ハドリアヌス帝の時代から存在していました。330年にコンスタンティヌス1世がコンスタンティノープルをローマ帝国の新たな首都と宣言した後、都市の人口は激増して住民の水の需要を満たすことができなくなっため、コンスタンティヌス2世(337~361年)の治世下の345年に新たな水道橋の建設が開始。その後、ヴァレンス1世(364~378年)の治世である373年に完成したことから、ヴァレンス水道橋と呼ばれるようになりました。

コンスタンティノープル北部のベオグラードの森から引いてきた水はヴァレンス水道橋を通って都市に入ると、3つの貯水池と、100以上の地下貯水槽に貯められ、各地に水が供給されていました。現在は人気の観光名所となっている地下宮殿も、この時代に使われた地下貯水池の一つです。

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ヴァレンス水道橋を含む都市の水供給システムは非常に重要であったため、過去の歴史でコンスタンティノープルを侵略した敵は、まずヴァレンス水道橋の破壊や切断を狙ったそうです。

1453年にオスマン帝国がコンスタンティノープルを陥落した後、時のスルタン(皇帝)メフメト2世は水道を修復して引き続き利用しました。その後、バヤズィッド2世(1481~1512年)やスレイマン1世(1520~1566年)、ムスタファ2世(1695~1703年)なども修復・拡張を行いながら、ヴァレンス水道橋は長きにわたってイスタンブールの生活を支え続けたのです。

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