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シナゴーグとは?ユダヤ教会堂の起源や歴史、トルコとのつながりについても解説

更新日:2023.04.05

投稿日:2022.09.19

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シナゴーグ

シナゴーグとはユダヤ教徒の集会所のことで、祈りの場であり学びの場でもあります。長い歴史の中で、幾度となく迫害され悲しい歴史をたどっててきたユダヤ教徒にとって、精神的支柱でありコミュニティの中心的存在ともいえるシナゴーグは特別な場所。

今回はそんな「シナゴーグ」について、起源や歴史についてはもちろん、世界で有名なシナゴーグや日本のシナゴーグ、オスマン帝国とユダヤ教徒とのつながりなどについても解説していきます。

シナゴーグとはどんな場所?

シナゴーグ

ここではシナゴーグとはどんな場所なのか、その役割から簡単な内部の構造など基本的な情報についてご紹介していきます。

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シナゴーグとは?

シナゴーグとは、ユダヤ教の信者の集会所のことです。「ユダヤ会堂」「ユダヤ教会堂」などと訳されることもあり、長い歴史の中で宗教上の中心施設としてや、ユダヤ人共同体のコミュニティセンターのような役割などを果たしてきました。

シナゴーグは通常、集会所としての機能を持ちますが、祈りの場でもあり、学びの場としての機能を持つこともあります。

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シナゴーグの内部はどうなっているの?

シナゴーグ

シナゴーグの建物のサイズについてはさまざまですが、内部にある信者の席は、エルサレムのある方角に面するように配置されています。

これは、イスラム教のモスクにおいて、聖地メッカのある方角にミフラーブ(窪み状の設備)を設置するのと似ていますね。

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聖域の正面にはユダヤ教で最も神聖な「トーラーの巻物」が入っている、アロン・コデッシュ(聖箱)というキャビネットがあります。トーラーの巻物は、祈りの場で開かれる以外は「聖櫃(箱船)」に保管されています。

トーラーが読まれるテーブルのビマは聖域の中央に配されていて、布で覆われ一段高くなっている場所に置かれています。

シナゴーグの祈りの場では、通常は男性と女性は別々に座ります。多くのシナゴーグでは、聖域の上の回廊に女性用の座席がありますが、男性と女性をメヒッツァーと呼ばれる仕切りで隔てるスタイルも一般的。改革派のシナゴーグでは、男女が一緒に着席するところもあるようです。

シナゴーグの起源

シナゴーグ

シナゴーグだと解される記述は旧約聖書にもいくつか見られますが、シナゴーグの起源はあきらかではありません。

一説には、祖国と第一神殿であるソロモン神殿を失ったユダヤ人が、民族的にも宗教的にも存亡の危機をむかえた、「バビロン捕因」(起源前597年、その後紀元前587年頃、紀元前582年頃、最後の捕因は紀元前578年)の時期に生まれたのではないかといわれています。

捕因であったユダヤ人は、預言者エゼキエルのもとに集まり祈りを捧げ、神の言葉であるトーラーを学ぶための場所が必要だったため、シナゴーグが生まれたのではないかと考えられています。

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シナゴーグの歴史

シナゴーグ

シナゴーグのたどった歴史については、不明な点が多く明らかになっていません。1902年にアレクサンドリア近郊のシェディアで発見された大理石柱の碑文が、シナゴーグについて記された最古の記録であり文献だとされています。

この碑文には、紀元前3世紀後半に、エジプト王のプトレマイオス3世とその妻に、ユダヤ人がシナゴーグを奉納したことが記されていました。

パレスチナがローマ帝国に支配されたことで、ユダヤ人は世界各地に散らばっていきます。その時、各地のユダヤ人居住地にシナゴーグが建てられていったのではないかとも考えられています。

紀元前538年にバビロン捕因から帰還を許されたユダヤ人は、エルサレムに神殿を再建します。その後ふたたびローマに神殿を破壊されるまでの「第2神殿時代」に発達したユダヤ教の制度の中でも、後世に大きな影響をもたらしたのがシナゴーグだとも考えられています。

ユダヤ人はディアスポラによって世界各地に移り住みましたが、現在のトルコがあるアナトリアの地にも早い段階から入植してコミュニティを形成していました。

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トルコ西部にある古代都市サルディスでは、1962年にシナゴーグの遺跡が発見され、小アジアとエーゲ海全域で発掘されたなかでも、もっとも優れたユダヤ人のモニュメントだとして高く評価されてきました。また、トルコ南西部のエーゲ海沿いにあるプリエネ遺跡でも、古代のシナゴーグが見つかっています。

ユダヤ人の困難な歴史を物語るかのように、シナゴーグはさまざまな場所で歴史を紡いでいたのかもしれませんね。

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世界に広がったシナゴーグ

シナゴーグ

歴史に翻弄され世界中に散らばりながらも、その教えを守り継いできたユダヤ人によって建てられたシナゴーグは、現在も世界各地に現存します。ここでは、世界でも特に有名なシナゴーグをピックアップしてご紹介します。

エルサレムの「ベルツ・シナゴーグ」

ベルツ・シナゴーグは、ドイツのナチスにより礼拝所が破壊されるという悲劇的な過去からの勝利を称して、イスラエルのエルサレムに建設されたシナゴーグ。

世界最大規模ともいわれていて、最大収容人数は10,000人を誇ります。現在も、世界中のユダヤ教徒が祈りを捧げに訪れる、特別なシナゴーグです。

ニューヨークの「エマニュエル寺院」

エマニュエル寺院は、マンハッタンのアッパーイーストサイドにある、ニューヨーク市で最初の改革派ユダヤ教のシナゴーグ。モザイクやアーチ、ステンドグラスの装飾が美しく、寺院の敷地内には、歴史を学べる博物館もあります。

ヨーロッパで最も大きいブタペストの「ドハーニ街のシナゴーグ」

シナゴーグ

ドハーニ街のシナゴーグは、ヨーロッパ最大の規模を誇るシナゴーグ。てっぺんにタマネギのような飾りのついた塔は、イスラム風とスペイン風が融合しているムーア様式の建築物。

内部の豪華絢爛な装飾も必見で、床のタイル装飾やシャンデリア、ステンドグラスなどが美しい。敷地内にはシオニズム運動の父・ヘルツルがシナゴーグに隣接する建物で誕生したことを示すプレートがあり、現在その場所はユダヤ博物館になっています。

プラハにあるヨーロッパ最古の「旧新シナゴーグ」

旧新シナゴーグは、13世紀の終わりに建てられたといわれている世界でも最も古いといわれるユダヤの建物。中央ヨーロッパ最古のシナゴーグで、石の装飾がふんだんに施され、内部にはゴシックの鉄格子や鉄のシャンデリアなどの古代の装具があります。現代でも、プラハのユダヤ教徒のシナゴーグとして使われています。

日本にあるシナゴーグ

シナゴーグ

日本にもシナゴーグがあり見学することができます。ここでは、東京と神戸にあるシナゴーグを紹介します。

杉原千畝の命のビザの舞台となった「関西ユダヤ教シナゴーグ」

関西ユダヤ教シナゴーグは、関西唯一のシナゴーグ。80年以上前に神戸に創建されたシナゴーグで、白い六角形の建物にダビデの星が施されています。

歴史の舞台ともなったシナゴーグで、第二次世界大戦中、ナチスドイツの迫害を逃れた多くのユダヤ人が、リトアニアで外交官の杉原千畝に「命のビザ」を発給され舞鶴や神戸に到着。その時に、ユダヤ人たちがひとときの安らぎを得た場所としても知られています。

ユダヤ人コミュニティセンター「ハバット東京」

ハバット東京は、ハバット・ルビッチ派のラビが運営するシナゴーグ。日本在住のユダヤ人はもちろん、そうでない人も訪れることができ、精神的な時間を過ごすことができます。2016年からおこなわれているユダヤ教の光の祭典「ハヌカ」を祝う点灯式も開催しています。

トルコのシナゴーグを訪ねてみよう

トルコのシナゴーグ

イスラム教の国であるトルコですが、ユダヤ教のシナゴーグが現存しているのをご存じでしょうか。

トルコ共和国は歴史的にイスラム教ですが、イスラム系のトルコ人がアナトリアの地に入ってきたのは11世紀のこと(セルジューク朝)。アナトリアではそれより遥か前からさまざまな人種・民族が入り乱れながら文明の興亡が起こっており、ユダヤ人もディアスポラ(離散)によって紀元前からアナトリアに移動してきた歴史があります。

実際、現在のトルコにある、紀元前7世紀頃リディア王国の首都であったサルディスには、古代のシナゴーグ跡が残っています。この地にユダヤ人が入植しだしたのは、紀元前223~187年。セレウコスウ王アンティオコス3世によって、バビロニアなどからのユダヤ人の定住が激励されたため、多くのユダヤ人が移動してきたようです。

その後、入植してきたユダヤ人の訴えもあって、彼らの宗教的権利が認められました。その時にシナゴーグも建てられたと考えられています。

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なぜイスラム教の国トルコにシナゴーグがあるのか?

トルコのシナゴーグ

オスマン帝国時代、トルコにはユダヤ教徒がたくさん住んでいたので、現在もトルコにはシナゴーグがあります。

1492年にイスラム教国ナスル朝の最後の拠点グラナダを陥落させたスペイン国王は、イベリア半島からイスラム勢力とユダヤ教徒を追放しました。スペインを追放されたユダヤ人最大の移住先となったのが、オスマン帝国。オスマン帝国は異教徒に寛大な国だったため、たくさんのユダヤ人が移住してきたといわれています。

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また、16世紀ごとにはオスマン帝国がイスラエルを含むレバント地域を支配下に置いていたこともあり、トルコの地には多数のユダヤ人が住んでいました。現在でも、イスタンブールを中心に一定数のユダヤ教徒がトルコに暮らしています。

現在のイスタンブールのバラット地区はもともとユダヤ人地区だった場所で、シナゴーグもいくつか残っています。オスマン帝国の歴史を感じながらこの街を散策してみるのもおすすめです。

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ヨーロッパで3番目に大きいエディルネのシナゴーグ

エディルネのシナゴーグ

1905年のエディルネの大火事でシナゴーグが壊滅状態にあり、新たにスルタンアブトゥルハミト2世の許可を得てユダヤ教徒が建設したのが、エディルネのシナゴーグです。1,200人収容の大規模なシナゴーグで、トルコ最大。ヨーロッパでも3番目の規模を誇ります。長らく改装工事がおこなわれていましたが、2015年には改装も終了。観光スポットとしても人気があります。

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オスマン帝国の時代を生き抜いたユダヤ教徒の痕跡を訪ねてみよう

今回は、シナゴーグについて解説してきました。シナゴーグとは、ユダヤ教の信者の集会所のことで、宗教上の中心施設としてや、ユダヤ人共同体のコミュニティセンターのような役割も果たしてきました。現在でもユダヤ人街には必ずシナゴーグがあり、ユダヤ教徒の人々が祈りを捧げています。

トルコには、長く厳しい迫害の歴史をたどってきたユダヤ教徒が、オスマン帝国にたくさん移住してきたという歴史があります。そのため、現在でもヨーロッパでトップクラスの規模を誇るシナゴーグがあり、かつてのユダヤ地区には街のシナゴーグが残っています。異教徒に寛容だったというオスマン帝国の壮大な歴史を感じながら、さまざまな文化が融合し合うトルコを旅してみませんか。

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